東京高等裁判所 昭和62年(ネ)505号 判決 1988年9月28日
第五〇五号事件控訴人
第五一九号事件被控訴人(第一審原告)
田辺多一
第五一九号事件被控訴人(第一審原告)
大熊峰蔵
第五一九号事件被控訴人(第一審原告)
亡伊藤藤太郎訴訟承継人
伊藤秀子
第五一九号事件被控訴人(第一審原告)
田辺十代
右四名訴訟代理人弁護士
佐々木正義
第五一九号事件控訴人
第五〇五号事件被控訴人(第一審被告)
観蔵寺
右代表者代表役員
若井弘雅
右訴訟代理人弁護士
岡田弘隆
第五〇五号事件被控訴人(第一審被告)
水野亮昭
主文
一 原判決中第一審被告観蔵寺敗訴の部分を取り消す。
第一審原告らの第一審被告観蔵寺に対する請求をいずれも棄却する。
第一審原告田辺多一の本件控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。
事実
第一審原告田辺多一代理人は、
「1 原判決中第一審原告田辺多一敗訴の部分を取り消す。
2 第一審原告田辺多一と第一審被告観蔵寺との間において、同第一審原告が同第一審被告の総代及び責任役員の地位を有することを確認する。
3 第一審原告田辺多一と第一審被告らとの間において、第一審被告水野亮昭が第一審被告観蔵寺の責任役員の地位を有しないことを確認する。
4 第一審被告観蔵寺は第一審原告田辺多一に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五三年二月三日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 第一審被告観蔵寺は第一審原告田辺多一に対し原判決別紙目録一記載の予算及び会計報告書を閲覧させよ。
6 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」
との判決並びに4につき仮執行の宣言を求め、
第一審被告観蔵寺代理人は、主文と同旨の判決を求め、
第一審原告ら代理人は、第一審被告観蔵寺の控訴に対し、控訴棄却の判決を求めた。
第一審被告水野は適式の呼出しを受けながら、当審口頭弁論期日に出頭しない。
当事者双方の事実上及び法律上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決一〇枚目裏一行目の「観蔵寺は」を「第一審被告らは」に、同一一枚目裏三、四行目の「訴状」を「昭和五三年二月二日付訴変更の申立書」にそれぞれ改める)。
(証拠関係)<省略>
理由
一当裁判所も第一審原告田辺多一の本訴請求のうち、同第一審原告が観蔵寺の総代及び責任役員の地位を有することの確認、第一審被告水野が観蔵寺の責任役員の地位を有しないことの確認、及び慰謝料の支払いを求める請求は、いずれも失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次に訂正・付加する外、原判決のこの点に関する理由説示(原判決二三枚目表二行目から同五〇枚目表七行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。
原判決二三枚目表八行目の「観蔵寺が」を「第一審被告らにおいて」に改め、同裏六行目の「成立に争いのない」の次に「甲第一三号証の三、」を、同二四枚目表一〇行目の「認定に反する」の次に「成立に争いのない甲第一〇号証の一、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一四号証、」を、同裏八行目の「観蔵寺」の前に「宗教法人となった」をそれぞれ加え、同二六枚目表裏末行及び同二七枚目表一〇行目の各「八月二八日」をいずれも「八月一七日」に改め、同裏一行目の「提出し」の次に「たところ、右各文書は同月二八日豊山派宗務所財務部に受理され」を加え、同四八枚目表七行目の「合義」を「合議」に改める。
二そこで、第一審原告らの本訴請求のうち、財産目録等の閲覧請求について、検討することとする。
1 まず、第一審原告田辺多一は、前示のとおり、昭和五〇年一〇月二五日観蔵寺の責任役員を解任されたところ、その後再び責任役員に任命されたとの点については主張立証がない。そうすると、第一審原告田辺多一は現在責任役員の地位に就いていないことになるから、責任役員の地位に基づく、同第一審原告の閲覧請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
2 次に、第一審原告らが観蔵寺の檀徒であることは、前記認定のとおりであり、檀徒は、宗教法人法(以下単に「法」という)にいう信者に該当するものと解せられる。
しかしながら、法には、第一審原告らが主張する帳簿、書類を含む財産目録等の閲覧請求権を信者に認めた規定は存在しないし、また、観蔵寺規則(以下単に「規則」という)においても、このような権利を檀徒に認めた規定は存在しない。もっとも、法二五条は、第一項において、宗教法人に財産目録の作成を義務づけるとともに、第二項において、宗教法人の事務所に財産目録、責任役員会議議事録等の一定の書類、帳簿を備え付けることを命じているし、また法二三条は、宗教法人が不動産を処分する等同条で定める一定の行為をしようとするときは、その行為の少なくとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示してその旨を公示しなければならない、と規定している。そして、これらの規定が、税務当局等の調査に資する外、代表役員や責任役員によってなされる、財務関係を含めた業務執行が公明適正になされることを目指して制定されたものであることは、間違いがない。しかしこれらの規定が存することをもって、信者に前記閲覧請求権があることを当然に予定したものであると速断することはできない。何故なら、閲覧請求権なるものは、閲覧それ自体を終局の目的とする権利ではなく、宗教法人の業務執行を是正したり、その機関の責任を追及する場合に、それらの手段となるべき権利であるというべきところ、法においても、また規則においても、信者ないし檀徒に、業務執行の是正や機関の責任追及をなしうることを認めた規定、または公告の対象事項について信者ないし檀徒の意向を汲み取る制度に関する規定は、存在しないからである。宗教法人は、礼拝の施設等一定の財産を有し、しかもそれらは信者の喜捨によることが多いから、信者としても宗教法人の財産関係の管理運営に無関心でいられるわけではないが、もともと宗教法人は、営利を追求する株式会社等の社団とは異なっており、信者は、教化を受けて宗教的自覚に到達し、その信念に基づいて儀式行事等の宗教上の行為をなすのを本義とするものであって、宗教法人の管理運営は、代表役員や責任役員等の機関に委ねられているのである。もっとも、規則一五条は、観蔵寺には総代が三名置かれ、総代は檀徒または信徒で衆望のあるものから代表役員が選任するとし、総代は観蔵寺の維持経営に関し、代表役員その他の責任役員を助けるものと規定しており、また、規則七条四項は、代表役員以外の責任役員のうち一名は、総代が合議のうえ推薦したものを宗派の代表役員が任命することとしているが、要するに、檀徒が観蔵寺の管理運営に参加しうるのは、このように限られており、責任役員や総代でない一般の檀徒は、法的に観蔵寺の業務執行の是正や機関の責任追及をなしうる地位にはないものといわざるをえない。そうすると、その手段的権利にすぎない閲覧請求権は、信者ないし檀徒には認められないと解するのが相当である。
したがって、第一審原告らの檀徒の地位に基づく閲覧請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三そうすると、第一審原告らの本訴請求は、すべて失当としてこれを棄却すべきである。
よって、右と一部異なる原判決中第一審被告観蔵寺敗訴の部分を取り消して、これに関する第一審原告らの請求を棄却し、第一審原告田辺多一の本件控訴を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条前段、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官枇杷田泰助 裁判官喜多村治雄 裁判官小林亘)